『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の原作は、ジョージ・R・R・マーティンさんの『炎と血』です。ドラマは原作をかなり大胆に作り替えています。
ただ、この作品の「原作との違い」は、差分リストを眺めて終わる話ではありません。原作者本人が、ドラマの改変に本気で怒っているからです。マーティンさんは2024年に批判ブログを投稿し、約30分で削除しました。2026年1月には、制作陣との関係を「abysmal(最悪だ)」とまで語っています。
この記事では、原作『炎と血』とドラマの主な違いを整理しつつ、原作者が何に怒ったのかを時系列で追います。射程はシーズン1とシーズン2の改変が中心です。シーズン3は2026年7月現在、U-NEXTで配信中(毎週月曜1話ずつ)のため、S3に関わる話題は記事末尾の独立セクションに隔離しました。
→ 作品の全体像は U-NEXT『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』とは?あらすじ・配信情報・相関図まとめ をご覧ください。
※この記事にはシーズン1・シーズン2のネタバレが含まれます。未視聴の方はご注意ください。
原作『炎と血』は、そもそも「歴史書」である
まず押さえておきたい前提があります。『炎と血』は普通の小説ではありません。
作中の学者アークメイスター・ガイルデインが後世にまとめた歴史書、という体裁で書かれています。しかも「竜の舞踏」(本作が描く内乱)の記述は、3人の語り手の証言に依存しています。この3人が、そろって信用できないんです。
| 語り手 | 立場 | 傾き |
|---|---|---|
| マンカン大学匠 | 宮廷の記録者 | レイニラ寄り |
| 修道士ユースタス | 聖職者 | アリセント&エイゴン2世寄り |
| 道化マッシュルーム | 宮廷の道化 | 最も信用ならない。下世話 |
同じ事件について、3人の証言が食い違う。読者は「どれが本当なのか」を確定できないまま読み進めることになります。
脚本家で製作総指揮のサラ・ヘスさんは、この構造をこう説明しています。
“He’s very, very clear in writing the book that it is an unreliable narrative. So, nobody in that book actually knows what happened.”
(訳:マーティンは、これが信頼できない語りであることを、本の中で極めて明確にしています。つまりあの本の中では、誰も実際に何が起きたのかを知らないのです)
“History is written by the victors, history is written by men. It’s men talking about what they think happened, and they are probably wrong.”
(訳:歴史は勝者が書き、歴史は男たちが書く。男たちが「こうだったと思う」ことを語っているだけで、たぶん間違っています)
サラ・ヘス(脚本家・製作総指揮)/Collider 掲載・2022年9月
ショーランナーのライアン・コンダルさんも、HBO公式ポッドキャストで同じ話をしています。
“Fire & Blood is a history book. It’s not a narrative. … It is a history described by three unreliable narrators. There are intentional holes in this historical fabric.”
(訳:『炎と血』は歴史書です。物語ではない。3人の信頼できない語り手によって描かれた歴史であり、その歴史の生地には意図的な穴が空いています)
“It’s a fictional history written as a history book, in this ‘Rashomon’ style… I had to pick a throughline, and sometimes that’s picking one account over the other.”
(訳:これは歴史書の形で書かれた架空の歴史で、いわば『羅生門』スタイルです。私は一本の筋を選ばなければならなかった。それは時に、片方の証言をもう片方より採用することを意味しました)
ライアン・コンダル(ショーランナー)/HBO公式ポッドキャスト・2024年9月
ここが重要です。ドラマは「では、実際に何が起きたのか」を映像で確定させる装置になっています。穴の空いた歴史書に、映像は必ず答えを出さなければならない。
だから本作の「原作との違い」は、ほとんどが「穴の埋め方の違い」でもあります。そのうえで、埋め方ではなく設計そのものを変えた改変がいくつかあります。原作者が怒ったのは、まさにそちらです。
【最大の改変】メイラー王子が消え、「ブラッド&チーズ」が変わった
シーズン2第1話の「ブラッド&チーズ」。ここが最大の改変ポイントです。
まず、よくある誤解を潰しておきます。殺されるのは、原作でもドラマでも「ジェヘアリーズ」です(エイゴン2世とヘレイナの長男。先々代の王ジェヘアリーズ1世と同名の別人物です)。ここは一致しています。
違うのは、その手前です。
原作では、エイゴン2世とヘレイナの子は3人います。双子のジェヘアリーズとジェヘイラ、そして末子のメイラー。ドラマにメイラーは登場しません。双子だけです。
この1人の削除が、場面の性質を変えました。
| 原作『炎と血』 | ドラマ S2E1 | |
|---|---|---|
| 子の数 | 3人(メイラーがいる) | 2人(双子のみ) |
| 侵入者の要求 | ヘレイナに「息子2人のうち、どちらを殺すか選べ」と迫る | 「男の子はどっちだ」と問う |
| ヘレイナの行動 | 末子メイラーを差し出す。だが彼らは長男ジェヘアリーズを殺す | 息子を示す |
| 場面の核 | 母親に選ばせる地獄(ソフィーの選択) | 選択そのものが存在しない |
つまり本当の違いは「殺される子が違う」ことではありません。母親に「どの子を殺すか」を選ばせるという地獄が、丸ごと消えたことです。
マーティンさんが怒ったのも、ここでした。
“As I saw it, the ‘Sophie’s Choice’ aspect was the strongest part of the sequence, the darkest, the most visceral. I hated to lose that.”
(訳:私の見るところ、「ソフィーの選択」的な側面こそ、あの一連の場面で最も強く、最も暗く、最も生々しい部分だった。それを失うのは我慢ならなかった)
ジョージ・R・R・マーティン/ブログ “Not a Blog”・2024年9月4日
一方、コンダルさんの言い分はこうです。原作のメイラーはもう少し年上ですが、ドラマの時系列ではまだ赤ん坊になってしまう、と。
“Maelor, who’s a little older in the book, would have been an infant because of the age of Jaehaerys and Jaehaera. And this goes back to our first season, trying to adapt a story that takes place over 20 years of history instead of a story that takes place over 30 years of history.”
(訳:原作では少し年上のメイラーも、ジェヘアリーズとジェヘイラの年齢からすると赤ん坊になってしまう。これはシーズン1にさかのぼる問題で、本来30年におよぶ歴史の物語を、20年に圧縮して映像化しようとした結果だ)
“I have lots of experience working with very young performers. To ask two 4-year-olds to play through that level of drama is just not a realistic expectation.”
(訳:私は幼い演者と仕事をした経験が豊富だ。4歳児2人にあのレベルの芝居をさせるのは、現実的な期待ではない)
ライアン・コンダル/HBO公式ポッドキャスト・2024年9月
時系列を20年に圧縮した以上、子供の年齢も連動して下がる。子役に「ソフィーの選択」を演じさせるのは無理がある。制作の現場感としては筋が通っています。
ただ、マーティンさんはそこで引き下がりませんでした。
原作者が投稿し、30分で消したブログ「蝶々に気をつけろ」
2024年9月4日、マーティンさんは自身のブログ “Not a Blog” に1本の記事を投稿しました。題は “Beware the Butterflies”(蝶々に気をつけろ)。そして公開から約30分で削除しています。アーカイブに全文が残ったため、内容は広く読まれることになりました。
タイトルの「蝶々」は、バタフライ効果のことです。小さな改変が、後の物語を連鎖的に壊していく。マーティンさんの主張はここに尽きます。
“Maelor by himself means little. He is a small child, does not have a line of dialogue, does nothing of consequence but die… but where and when and how, that does matter.”
(訳:メイラー自身に大きな意味はない。小さな子供で、セリフもなく、死ぬこと以外に何もしない。だが、どこで、いつ、どのように死ぬのか。それは重要なのだ)
マーティンさんによれば、メイラーを消すと、原作にあった3つの要素が連鎖的に失われます。
- ビターブリッジの場面:サー・リカード・ソーンが幼い王子を守って死ぬ
- ヘレイナの自殺の動機:メイラーの死への悲嘆
- その後に起きる暴動
子供1人の削除が、後々の場面をドミノ倒しにしていく。マーティンさんが「蝶々」と呼んだのはこの連鎖です。
そして、この記事にはもうひとつ、不穏な一文がありました。
“And there are larger and more toxic butterflies to come, if HOUSE OF THE DRAGON goes ahead with some of the changes being contemplated for seasons 3 and 4…”
(訳:そして、もっと大きく、もっと有害な蝶々がこれから来る。『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』が、シーズン3と4で検討中の改変のいくつかを実行するならば)
ジョージ・R・R・マーティン/ブログ “Not a Blog”・2024年9月4日
シーズン3と4には、もっと有害な蝶々が来る。 原作者がこう警告していたわけです。
HBO側は、ブログ削除とほぼ同時刻にVarietyへ声明を出しました。
“…the showrunner ultimately is required to make difficult choices about the characters and stories the audience will follow. We believe that Ryan Condal and his team have done an extraordinary job…”
(訳:最終的にショーランナーは、視聴者が追う人物と物語について、難しい選択を下さなければならない。我々は、ライアン・コンダルと彼のチームが並外れた仕事をしたと考えている)
HBO声明/Variety・2024年9月
「abysmal(最悪だ)」まで悪化していた
ここまでなら、原作者と制作陣の意見の相違、で済む話でした。しかし2026年1月、The Hollywood Reporter がロングインタビューを掲載します(ジェームズ・ヒバードさん取材)。事態はもっと深いところまで来ていました。
“It’s worse than rocky. It’s abysmal.”
(訳:ぎくしゃくしている、どころではない。最悪だ)
“I hired Ryan. I thought Ryan and I were partners. And we were all through the first season.”
(訳:私がライアンを雇った。私は彼と自分がパートナーだと思っていた。シーズン1の間は、ずっとそうだった)
“Then we got into season two, and he basically stopped listening to me. I would give notes, and nothing would happen.”
(訳:ところがシーズン2に入ると、彼は基本的に私の話を聞かなくなった。意見を出しても、何も起こらなかった)
ジョージ・R・R・マーティン/The Hollywood Reporter・2026年1月15日
同記事によれば、シーズン3のプランが提示されたZoom会議で、マーティンさんはこう発言したとされています。
“This is not my story any longer.”
(訳:これはもう、私の物語ではない)
さらに、HBOは一時、マーティンさんに『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』から全面的に手を引くよう要請していました。シーズン3だけの話ではありません。作品そのものから、です。数か月後にこの要請は撤回され、復帰しています。
ブログを30分で消した理由についても、本人が語っています。
“I would’ve put it back up, but then I would’ve looked like an idiot. And 80 percent of it was praise, but that’s not what people focused on.”
(訳:戻すこともできたが、そうしたら間抜けに見えただろう。あの記事の8割は称賛だったのに、人々が注目したのはそこではなかった)
原作者が製作総指揮にクレジットされたまま、「これは私の物語ではない」と語る。この距離感を知っているかどうかで、ドラマの見え方はかなり変わってきます。
レイニラとアリセントは、原作では親友ではない
ドラマの背骨は、レイニラとアリセントの友情とその破綻です。同年代の少女2人が、宮廷の政治に引き裂かれていく。シーズン1はほぼこの一点で組み立てられています。
ところが、原作にこの友情は存在しません。
理由は単純で、年齢が全然違うからです。
| 原作『炎と血』 | ドラマ | |
|---|---|---|
| 年齢差 | アリセントが9歳年上(アリセント88 AC生/レイニラ97 AC生) | ほぼ同年代(登場時どちらも14歳前後) |
| 結婚時 | アリセント18歳/レイニラ9歳 | 同世代の友人同士 |
| 二人の関係 | 「親友」だった描写はない | 親友。その破綻が物語の軸 |
原作でヴィセーリスがアリセントを娶ったとき、アリセントは18歳、レイニラは9歳でした。18歳の継母と9歳の継子。友情が芽生える関係ではありません。
ドラマは、この9歳差を消しました。二人を同世代の親友として描き直し、その友情が壊れていく過程を物語の中心に据えたわけです。結果として、原作にはない感情のラインが1本追加されました。
なお、「なぜ年齢差を縮めたのか」を制作陣が明言した発言は見つかっていません。「キャスティングの都合」「時系列圧縮の副産物」といった説明はメディア側の分析であって、制作陣の言葉ではない点は押さえておきたいところです。
ちなみに原作は10歳差と書かれることもありますが、生年から計算すると9歳差です。
→ 誰と誰が敵対しているのか整理したい方は U-NEXT『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』相関図・登場人物|黒装派と翠装派の関係をS2終了時点で整理 をどうぞ。
そのほかの主な改変5つ
シーズン1・シーズン2で加えられた、押さえておきたい改変を5つ挙げます。
1. レーナー・ヴェラリオンが生きている
原作のレーナーは刺殺されます。ドラマでは死を偽装して自由都市へ逃亡し、生きています。この時点で、原作とドラマの盤面は別物になっています。
2. 「エイゴンの夢」はドラマ独自の設定(ただし原作者公認)
ヴィセーリスがレイニラに語る「エイゴンの夢」。征服王エイゴンが見た幻視が代々受け継がれてきた、というあの設定は、原作『炎と血』にも『氷と炎の歌』本編にも書かれていません。ドラマだけのものです。ただし、これはマーティンさん本人の許可のもとで導入された改変です。原作者公認、というわけです。原作者が怒った改変と、そうでない改変がある。この区別は大事です。
3. ヴィセーリスの死に際の言葉と、アリセントの取り違え
ドラマの創作です。原作のヴィセーリスは、眠っている間に死ぬだけ。あの取り違えは映像化にあたって足された仕掛けです。
4. エイマ王妃の死
原作は「出産の合併症で死んだ」と記されるだけです。ドラマはこれを、ヴィセーリスが「母か子か」を選ばされる場面に作り替えました(S1E1)。歴史書の1行を、選択の場面へ変換しています。
5. ルケアリーズの死が「事故」になった
原作では、エイモンドとヴァーガーが意図的に追跡して殺します。ドラマでは竜が騎手の命令に従わず、事故的に殺してしまう形になりました。同じ死でも、殺意の有無で戦争の意味は変わります。
【シーズン3ネタバレ注意】ネトルズはドラマに登場しない
⚠️ ここからシーズン3の内容に触れます。S3をこれから観る方は、ここで読むのをやめてください。
以下は「原作のキャラクターがドラマにどう置き換えられたか」という構成レベルの話に留め、S3の展開そのものには踏み込みません。
原作『炎と血』には、ネトルズ(Nettles)という少女が登場します。ドリフトマークの港町で育ったとされる庶子で、ターガリエンの血筋である確証がないまま、シープスティーラーという野生の竜を手懐けてしまう。毎日、殺したての羊を置き続けて竜の信頼を得る、という強烈なやり方でした。
なお彼女の出自を伝えるのは、先に触れた3人の語り手のうち道化マッシュルームの証言です。つまりこの作品でもっとも信用ならない情報源から出ている話で、原作の中でも確定した事実ではありません。
このネトルズが、ドラマには登場しません。役割はレイナ・ターガリエン(デイモンの娘)に統合されました。
コンダルさんの説明はこうです。
“It just felt to us that because again, this story is told in point of view, that it felt more apt as this is a family story to where we had the opportunity to involve one of the family members in the storyline.”
(訳:この物語は視点をもって語られる。であれば、これは家族の物語なのだから、家族の一員をその筋書きに関わらせられるほうがふさわしいと感じた)
ライアン・コンダル/IGN・2026年6月
平民の少女が竜を手懐けるという「外部からの闖入者」の物語が、「家族の物語」に回収された。構造としてはそういう改変です。
そして、ここで思い出したいのが2024年の警告です。マーティンさんは「シーズン3と4には、もっと大きく有害な蝶々が来る」と書いていました。その正体がこのネトルズ削除だったのではないかと、多くのファンやメディアが解釈しています。
ただし、これはあくまで推測です。マーティンさん本人が「あれはネトルズのことだった」と明言した記録は確認できていません。シーズン3の放送開始後に、この改変について本人が公式コメントを出したかどうかも、2026年7月11日時点では確認できていません。
まとめ
『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』と原作『炎と血』の違いは、細かい差分の集合ではありません。穴だらけの歴史書を、映像が「確定」させていく作業そのものです。3人の信頼できない語り手が残した空白を、ドラマは一本の筋に選び直しています。
その過程で、原作者が「これは失ってはいけなかった」と考えた要素も落ちました。メイラー王子の削除、そこから連鎖する「ソフィーの選択」の消滅。マーティンさんはブログで抗議し、30分で消し、2026年には関係を「abysmal」と語るところまで来ています。原作者が製作総指揮に名を連ねたまま、こんな状態になっている作品は珍しいはずです。
原作を読んでからドラマを観ると、「どこを削ったか」がそのまま制作陣の意思表示に見えてきます。逆にドラマから入った方は、『炎と血』を開くと同じ事件がまったく違う顔で書かれていて驚くかもしれません。どちらから入っても、もう片方が面白くなる。そういう関係の原作とドラマです。
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