劇場アニメ『ひゃくえむ。』は、魚豊さんの漫画が原作です。ただ、原作を忠実に再現した作品ではありません。岩井澤健治監督は原作の要素を「濃縮還元」し、映画としての体験を最大化するために大胆な再構成を行っています。
この記事では、漫画版と映画版の違いを具体的に比較しながら、その改変がどんな効果を生んでいるのかを解説します。
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※この記事にはネタバレが含まれます。未視聴の方はご注意ください。
原作漫画について
『ひゃくえむ。』は、魚豊さんが講談社「マガジンポケット」で2018年11月から2019年8月まで連載した全5巻の漫画です。魚豊さんの連載デビュー作であり、のちに『チ。―地球の運動について―』で大ブレイクする作家の原点となった作品です。
物語は小学生編、高校生編(トガシ視点)、高校生編(仁神視点)、高校生編(小宮視点)、社会人編という構成で、100m走に人生を懸ける若者たちの姿を描いています。
高校生編の大幅な再構成
映画版で最も大きく変わったのは、高校生時代のエピソードです。
漫画版では、トガシの高校生活にアメフト部との対立が描かれます。学内の部活対抗リレーでアメフト部と勝負する展開があり、先輩の寺川との関係がドラマの軸の一つでした。映画版ではこのエピソードが丸ごとカットされています。
また、漫画版で陸上部を支えていた部員・貞弘というキャラクターが映画には登場しません。代わりに、漫画では高校で陸上を辞めていた椎名がそのポジションを担う形に再構成されています。
この改変によって、映画版は「トガシと小宮の関係」に焦点を絞った、よりシンプルで力強い構成になっています。漫画版の複数のサブプロットを削ぎ落とし、2人のライバル関係を軸にした「濃縮還元」と言える仕上がりです。
トガシの独白の大幅削減
漫画版と映画版で印象が大きく変わるポイントの一つが、トガシの独白の扱いです。
漫画版では、物語の多くがトガシの内面独白で進行します。「何故走るのか」という問いも、トガシの独白を通じて読者に伝えられていました。トガシの視点に寄り添いながら物語を追う構成です。
映画版では、このトガシの独白が大幅にカットされています。より客観的な視点から2人の物語を描く構成に変更され、結果としてトガシだけでなく小宮の心情にも共感できる作品になっています。
個人的には、この改変が映画版の最大の成功ポイントだと思います。漫画版はトガシの物語でしたが、映画版は「トガシと小宮、2人の物語」になっている。どちらの生き方にも感情移入できるからこそ、ラストの対決が胸に迫るんです。
いじめ描写のカット
漫画版では、転校生時代の小宮がいじめを受けていた描写がありました。映画版ではこの描写がカットされています。
この改変もおそらく意図的でしょう。映画版は「走ること」と「2人の関係」にフォーカスを絞っており、いじめというモチーフを入れると焦点がぶれる可能性があります。小宮が「辛い現実から逃れるために走っていた」という動機はそのまま残しつつ、具体的ないじめ描写は省く。シンプルにすることで、むしろ小宮の孤独感が際立つ効果が生まれています。
映画オリジナルキャラクターの追加
映画版には、漫画にはないオリジナルキャラクターとして「森川」(石橋陽彩)と「尾道」(杉田智和)が追加されています。
漫画版のキャラクターを削りつつ、映画の構成に必要な新キャラクターを加える。この取捨選択のセンスが、映画版を単なるダイジェストではなく、独立した作品として成立させている理由の一つです。
漫画版の「性格の悪さ」と映画版の「爽やかさ」
漫画版と映画版で全体的なトーンが違う、という声があります。実際、漫画版は「性格が悪い登場人物が多く、現実的な描写が多い」のに対し、映画版は「展開が早く、不快感のないストーリー」になっています。
漫画版のトガシは、もっと嫌な部分がある人物として描かれています。才能に対する驕りや、周囲を見下す態度が生々しく描写されていました。映画版のトガシはそうした角が取れて、「才能ゆえの苦悩」に重心が置かれています。
どちらが良いかは好みの問題ですが、映画という一回の視聴体験としては、映画版のバランスが正解だったと思います。漫画版の生々しさも魅力的なので、映画を観た後に原作を読むと、また違った発見があるはずです。
ロトスコープと音響——映画だけの体験
原作との最大の違いは、当然ながらロトスコープによる映像表現と音響設計です。
漫画では静止画で表現されていた100m走の疾走感が、実際の陸上選手の動きをトレースしたアニメーションとして動き、スパイクの音やマイク録音による立体的な音響が加わります。岩井澤監督は1カットに1年かけたシーンもあると語っており、その執念がスクリーンから伝わってきます。
漫画版を読んで「面白かった」と思った方も、映画版は別の作品として新鮮に楽しめるはずです。逆に、映画版を先に観た方が原作を読めば、トガシの内面独白を通じてさらに深い理解が得られます。
まとめ
映画版『ひゃくえむ。』は、原作の忠実な再現ではなく、映画という形式に最適化された「再解釈」です。高校生編の再構成、トガシの独白削減、いじめ描写のカットなど、大胆な改変が行われていますが、どれも作品のテーマをより鮮明にするための判断だったと言えます。
漫画版と映画版、両方に触れることでこの作品の奥行きはさらに広がります。まだ原作を読んでいない方は、ぜひ全5巻を手に取ってみてください。
ムラサキラストの描写は映画版・漫画版
どちらも良すぎました。
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